掌から零れ落ちたもの
太陽が西の空に沈みかけ1日の終わりを告げようとしている。
近頃は春の日差しが暖かくて心地が良い。
何処と無く落ち着いた心持ちがしていた。
毎日任務の報告に向かうこの時間は至福の一時だ。
姿を見る。声を聞く。
それだけで何故これ程までにも幸せになれるのだろうか。
突如、何処からか自らの名を呼ぶ声が聞こえた。
その方向に目を遣る。
声の主である見慣れた同輩がこちらへ駆けてくるところだった。
日頃からよく互いに鍛錬し合う間柄であった。
仕方なく足を止める。
奴の只ならぬ様子にはすぐに気がつく事はできなかった。
「砕蜂っ、大事な話があるんだ」
「私は急いでいるのだ。済まないが後にしてくれないか」
一刻も早く夜一様の元へ向かわねばならない。
足止めをくっている暇はなかった。
「軍団長が…」
「何だと…?」
その言葉に一瞬動きを止めた。
「失踪、したそうだ」
同輩が静かにそう呟く。
奴が言う言葉の意味を瞬時に理解することができなかった。
「貴様、何をふざけているのだ」
予期していなかった言葉に戸惑いを隠すことは叶わない。
信じたくなかった。
ただふざけて嘘をついているだけなのだろうと思いたかった、けれど。
奴は首を横に振るばかりだった。
「夜一様が…そんなことある筈がない!」
「砕蜂!」
気が付けば駆け出していた。
彼女がいるはずの場所へと続く道をひたすら走る。
今はただ、姿を見るだけで良かった。
それだけで全て報われる気がした。
今はもうそれすらも叶わないように思えて、苦しかった。
肺が破れそうに痛い。
辿り着く頃にはどれ程の時間が流れたか分からない。
扉の先に広がる光景にただ自分の眼を疑う事しか出来なかった。
物音の一つもしない部屋は奇妙で。
そこに有るべき主の姿はなかった。
中央には日頃彼女が使っている机と椅子だけが残されている。
信じたくなくて、悪い夢でも見ているのだろうと願った。
しかしそれは紛れもない現実で。
日が暮れても彼女が現れる事は無かった。
おぬしを驚かそうと思ってな、いつもの笑顔でそう言い戻って来ると信じたかったのだ。
もう二度と光が溢れるようなあの笑顔に出会うことはできないのだろうか。
ふとした拍子に不安が過る。
翌日、中央四十六室から罪状が伝えられた。
『追放罪・浦原喜助の逃走幇助及びその露見を恐れての失踪』
『それにより隠密機動総司令官職及び刑軍統括軍団長職から四楓院夜一を永久除籍する』
聞きたく無い言葉達が次々と連なる。
一縷の望みは断たれてしまった。
抑えようの無い憎しみが込み上げ脳内を支配する。
別れも告げず消えた主の裏切りに深く失望した。
多大な敬愛の念は憎しみにすり替わっていく。
馴れ合う事が畏ろしくなった。
隠密の任務に従事する者同士には別れが付き物だ。
馴れ合いは別れを辛くする。
それは刑軍に入団した当初から分かっていた筈だった。
実体を持たない感情など何も意味を成さないのだ。
書いてる宣言した割に遅くなってすみませんでした(土下座)
実は8割方書き終わった位に重大なミスに気付いて書き直していました;
シリアスを目指して撃沈orz
シリアスあまり書かない癖に慣れないことするからですね(汗
←Back