苦く、でもそれ以上に甘くて

いつもと変わりなく目が覚めた。
東側から太陽が昇り、辺りが徐々に光に包まれてゆく。
暦の上ではもう春だというのに、実際はまだまだ肌寒くて布団から出るのでさえ億劫だ。
机上の置時計に目を凝らす。
もう少し眠っていたかったけれど二度寝してしまえば遅刻しかねないだろう、とまだはっきりしない頭で考えていた。
仕方がないと割り切って体を起こす。
制服に着替え、パンを口に詰め込む。
起きてから5分余りで部屋を出た。

校舎へと続く道をのんびりと歩く。
ふと今日は2月14日だったか等とぼんやりと考えていた。
そう言えば近頃はセントラルタウンでもバレンタインフェアだとか何とかやっていたなと思い返す。
しかしそんな事はどうでも良かった。
数年前の今日、貰った媚薬チョコを何の疑いも持たず口にした。
それから暫くの間の記憶はなくただ気が付けば美咲が口を利いてくれなくなっていて。
毎年あいつから貰っていた筈のチョコはそれ以来貰えなくなって。
それからは2月14日が来る度その記憶が脳内を掠めるようになり煩わしい。
バレンタインは俺にとって意味を為さなくなったも同然だった。

様々な考えを巡らせているうち教室に辿り着いた。
クラスメイト達はいつになく浮き立った様子で。
あいつは今日提出しなければならない国語の宿題をしているところだった。
俺が席に着くと気が付いた様子で顔を上げる。

「よお翼、遅かったじゃん。また寝坊だろ」
「ご名答ー」

例に洩れず他愛の無い会話を交わす。
ただ今日のメインイベントの事は互いに口にしなかった。

鞄から教科書やノートを取り出す。
それを机の中へ詰め込もうとして初めて、明らかに自分宛と思しき代物に気が付いた。
思わず隣の彼女の姿を垣間見る。
あいつは丁度記述問題に頭を抱えているところだった。

「あーもうギブ!翼っ、答え見して」
「へいへいそう言うと思った」

少し文句を言いつつ問題集を差し出す。
まあ俺も人のことを言えたものではないけれど。

午前の眠たい授業を数時間もこなせば、大して頭を使った訳でもないのに徐々に空腹感に侵されるものだ。
2限目が終わると美咲は購買にパンを買いに行くと出ていった。
何だか余計に腹が減って、自分も行けばよかったなんて思っていた。
ふと、誰かに声を掛けられた気がして顔を上げる。
よく見知った姿がそこに立っていた。

「なあ翼、お前チョコ幾つ貰ったんだよ」
「まだ数えてない。メガネは?」
「俺はどうせいつも通りゼロですよーいいよなお前はモテて」

俺としては美咲からでなければ幾つ貰おうと変わらなかった。
出来ることならメガネに渡してしまいたい程だった。
周囲の目があるのでそれは叶わなかったけれど。
それに折角作ってくれた人達に申し訳ない気もして。
こんな所でお人好しな自分を少し悲しくも思っていた。


また何時もと変わりなく1日が終わる。
知り合い達は学級委員の号令と共に早々と荷物をまとめ教室を出ていく。気が付けば教室には俺とあいつだけになっていた。
つい先程までの喧騒が嘘のように静まり、まるで世界に2人しかいないような錯覚に囚われた。
長らくの沈黙が気まずく思われないのも美咲だからなのだろうか、等ととりとめもなく考えに耽っていた。
すると唐突に四角い箱を押し付けられたので驚いた。

「余ったからお前にやる」
「これって…」
「いーから受け取れ!」

綺麗にラッピングされたそれを開く。
箱の中には手作りと思われる小さなチョコレートが幾つか整然と並んでいた。
それを眺めていれば自然と頬が弛む。
手作り料理なんて久しく口にしていなかったけれど、何と言えばいいか。とにかく今は幸せだ。
ありがとな、と呟き笑顔を交わす。
長らく味わっていなかった感覚が蘇ってくるような気がした。






翼美咲にメガネが絡んでるのが好き。
要とか殿とか絡みも今度書きたいです。
余ったからやるとか言っときながら実は翼のために頑張って作ってればいい。
チョコをあげる気になったのはいつまでも昔のことにはこだわってられないと思ったから、っていう妄想ヽ(^o^)丿


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