どこにもいかないで

あいつが居なくなってからもうどれ位経つだろうか。
一緒にいることが当たり前で、隣に居ないなんて想像もつかなかった。
というより、無意識に考えないようにしていたのかもしれない。

あの日は雲の切れ間から時折太陽が覗いていたりと割と穏やかな天候だった。
いつもと変わらない1日が始まる筈だった。
教室内ではクラスメイト達が課題をしていたり、また知り合いと話していたりと思い思いの時間を過ごしていた。
喧騒を掻き分けて教室の奥にある自分の席へと向かった。
ただひとついつもと違ったのは隣にいる筈のあいつの姿がない事だけで。
どうせまた寝坊だろう、後でノートでも貸してやるか、なんて柄にもなく考えていた、でも。

授業が終わり下校時刻になってもあいつが現れることはなかった。
何だかやけに胸騒ぎがして、校舎を後にして心持ち足早に急いだ。
男子寮には女子の立ち入りは禁止されている。
けれどあたしは普段からよく翼の部屋に出入りしていたから別段気に止める人もいなかった。
部屋のドアノブに手をかけると鍵は掛かっていないようだと分かった。
ドアを開けると見慣れた部屋はいつもと変わりがなかった。
机の上には教科書やプリントなんかが無造作に置かれていた。
ただ翼の姿だけがそこから消えていて。
つばさ、と名前を呼んでみても返事があるはずかなかった。

あいつの行方が分からなくなったと知らされたのはそれから数日してからのことだった。
危力系の任務で失敗して行方不明になったグループの中に翼がいるようだった。
どうして翼がそんな目に遭わなければならないのだろうか。
無事でいるのかすら分からない、そんな状況に気がつけばあいつの事を考えずにはいられなくなっていた。
危力系になんて行くな、もしあの時そう言うことができたなら何か変わっていただろうか。
学園の決定に逆らえないことなんて分かっていたけれど。

それからの毎日は何もかもが色を失ったようだった。
あたしにとって翼がいない生活なんて有り得なくて。
居なくなって初めて翼の存在がどれほど大切だったか気が付いた。
けれどそれはもう遅すぎるくらいだったのだろうか。
翼はきっと大丈夫、蜜柑を励ます為に口にした筈のその言葉は同時に自分自身にも向けられていて。
動揺を悟られたくなくて必死に平静を装う。
しかしそれにも限界があるようだった。
元気ないけど大丈夫か、と知り合い達に尋ねられた。
意味もなく笑いを浮かべていつも通りだよ、と答えてみせる。
そうでないこと位自分が一番よく分かっていたけれど。
とりとめのない考えが次々と頭に浮かんでは消える。
寮に戻ってもそれは変わらなかった。
とにかく今は翼に会いたい、それだけ。
それだけで全て報われる気がした。
テレビをつけてみても見るでもなく、ただ画面の中の人物の笑い声が脳内に響く。
ベッドに倒れ込み静かに目を瞑る。
眠っている間だけは束の間だけれど不安から解放される。
しかしこんな時に限って眼は冴えて、意識が眠りの世界に導かれることはなかった。
カーテンの隙間から窓の外に目を向ければ、何時もよりやたらと明るい月が辺りを照らしている。
ただただ雲に隠されたり現れたりする月を眺めていた。

ふと、誰かに呼ばれた気がして声のした方向に視線を向けた。
一瞬幻覚を見ているのだろうと思った、けれど。
そこには一番会いたかった人物が確かに立っていた。

「ただいま」

その声を聞いた途端脳内にあった不安の塊はどこかへ消し飛んだ。

「つばさ…どこ行ってたんだよ馬鹿っ!」
「ごめん」

謝る彼の声を聞き、はっと我に帰る。
久しく目にする事のなかったその姿は至るところに怪我の傷があって。
行方が分からなかった時の状況を何処と無く察することができた。
無論、あたしが想像するには及ばないだろうけれど。

「消毒するから座って」
「ああ、ごめん」

また罪はないのに謝る。
悪い癖だ、と思った。
押入から薬箱を探し出し翼の隣に座る。
オキシドールが染み込んだ脱脂綿を傷口に当てると翼が一瞬眉をしかめた。
絆創膏を貼るその枚数と同じくらいの苦しみを味わってきたのだろうか。
何故か唐突に、今此処にいる翼は化けて出ているんじゃないかと不安になった。

「なあ翼、生きてるんだよな?」
「何だよ突然」
「いや、聞いてみただけ」

自分でも何を聞いているのだろうと思った、けれど。

「当たり前。美咲残して死ねる訳ないだろ」

彼がそう口にすると同時に抱き寄せられた。
体温が伝わってきて、ああやっぱり生きているんだなと実感した。
背中に回された腕は力強くて、徐々に鼓動が速くなるのが分かって。
もう何処にも行くな、と呟く。
ああ、と頷く声が少し上から聞こえて、もう暫くこのままでいたいと思った。






17巻あたりのイメージで書きました。
行方不明になったりとかそういうのを乗り越えて両想いになっていればいいな、と。
内容の方が先に思いつくんでタイトルって毎回悩むんですよねー。
お題から内容を想像するのは難しい;
でもお題サイトを見てるのは楽しいんですよね。
矛盾だー。


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